――「大津波から大切な人を守る」ために、今からできること
南海トラフや千島海溝の巨大地震で「想定外の大津波」が来たとき、本当にあなたの家族は助かるでしょうか。
結論から言うと、「国や自治体の対策だけ」では命を守りきれない場面があり、自分たちで備えを共有しておくことが決定的に重要だと私たちは考えています。
そのことを強く実感させてくれたのが、2026年3月に静岡市磐田市・青城交流センターで聞いた、東日本大震災・釜石の語り部・紺野堅太さんのお話でした。
ここからは、その語りをもとに、「公助を待つだけでは危ない理由」と「津波避難困難地域の私たちが今からできる自助」について、順番にお伝えします。
結論:公助だけに頼るのは危険。家族で「逃げ方を共有する」ことが命を分ける
南海トラフでも千島海溝でも、国や自治体は堤防・避難タワー・ハザードマップなど、さまざまな対策を進めています。
しかし、東日本大震災では「堤防があるから大丈夫」「ハザードマップでここは安全と書いてあった」がゆえに避難が遅れ、命を落とした方が大勢いました。
釜石で中学1年生として大津波を経験した紺野さんは、
「助かる方法を知っていたのに、大切な人を守れなかった」
という後悔を背負っています。
その経験から私たち津波セーフPJが学んだのは、
「公助(国・自治体の対策)を前提にしつつ、最後の命の線は自分と家族で握る」
という発想です。
では、なぜ公助だけでは危ないのか。どう自助を強めればいいのか。東日本大震災の実例から考えていきます。
東日本大震災は「想定外の大津波」と「正常性バイアス」が重なった
1. ハザードマップの「想定」を津波が超えた
岩手県釜石市・宇野住町の釜石東中学校と隣接する小学校は、海から200〜300メートルという、まさに「津波避難困難地域」と呼べる場所にありました。
それにもかかわらず、当時のハザードマップでは「ここまでは津波は来ない」とされていたそうです。
ところが、実際の津波はその想定をはるかに超え、学校も、最初の避難先だった介護施設も、ほぼ飲み込まれました。
「国や自治体が想定してくれているから安心」という感覚が、いかに危ういかを示す事例です。
南海トラフや千島海溝の巨大地震でも、「想定より大きかった」「想定より早く来た」ということは十分ありえます。
「想定外は起きるものだ」と受け止めた上で、一段高いレベルの避難を自分たちで決めておく必要があります。
2. 「ここまで来ないはず」という正常性バイアス
釜石では、昔から「大きな堤防を作ったから、もう津波は来ない」という話が、祖父母・親世代から子どもたちに語られていたそうです。
紺野さん自身も、「津波が来てもせいぜい校庭の端っこが水に浸かる程度だろう」と思っていたと振り返っていました。
この「自分のところには大したことは起きないだろう」という心のクセが「正常性バイアス」です。
南海トラフや千島海溝を心配しながらも、どこかで「自分の町は大丈夫」と思ってしまうのは、実はごく普通の反応です。
だからこそ、普段から家族で
「もし想定より大きな津波が来たら、どこまで逃げる?」
「堤防を越えたら、どこまで上がる?」
と話し合い、「正常性バイアスを打ち消す言葉とルール」を決めておくことが大事です。
3. 「家族を迎えに行きたい」が命取りになる
東日本大震災では、
「子どもを迎えに行くために海側に戻ってそのまま帰らなかった親」
「犬や猫を連れてこようとして津波にのまれた人」
がたくさんいたことも知られています。
釜石でも、「一度高台に避難したものの、家に戻ってしまい命を落とした」例があったと聞きました。
人として自然な行動ですが、大津波の前では致命的な一歩になってしまいます。
だから釜石では、「津波てんでんこ」という考え方を徹底していました。
地震が起きたら、家族それぞれがバラバラにでも一人で高台に逃げる。
津波が完全に引くまでは、決して戻らない。
「家族の命は、家族それぞれが守る」という約束を、平時から共有していたからこそ、多くの命が救われました。
釜石の中学生は、こうして「自分の命」と「周りの命」を守った
ここで、紺野さんの話から、印象に残った場面を3つ紹介します。
あなたの地域での行動をイメージするヒントになるはずです。
例1:避難訓練どおり「校庭に集まる」を途中でやめた
震災当日、釜石東中学校では「まず校庭に集まって点呼を取る」といういつもの避難訓練どおりに動き始めました。
しかし、校庭が大きく地割れし、津波到達予想時刻も迫る中で、副校長先生は「点呼をしていたら間に合わない」と判断。
訓練どおりをやめて、「点呼は取らず、すぐ高台の介護施設へ走れ」と指示を出しました。
つまり、「訓練=正解」とは限らない。
状況を見て、訓練を超える判断を現場で下したことが、多くの命を救いました。
⇒ 私たちも、自治体のマニュアルを「絶対視」するのではなく、
「これで本当に間に合うか」「もっと早く逃げる方法はないか」と家族で見直しておく必要があります。
例2:中学生が率先して逃げたことで、小学生も救われた
地震直後、隣の小学校の児童は、一度学校の3階に避難して様子を見ていました。
しかし、中学生がすでに高台へ走り始めていること、消防団の方が「中学生について逃げろ」と声をかけたことで、小学生も後を追って避難を開始。
結果として、津波は小学校の3階にまで達しましたが、そこに子どもたちはいませんでした。
⇒ 誰か一人が「逃げる」選択をして動き出すことが、周りの命も救います。
南海トラフや千島海溝のとき、あなた自身が最初に立ち上がる人になることが、地域全体の生存率を上げることにつながります。
例3:ハザードマップの「外側」まで逃げたから助かった
釜石では、事前のハザードマップで「ここまでは津波が来る」と色が塗られていました。
しかし、紺野さんたちは、「念のためもっと高いところへ」と、その範囲のさらに外側まで逃げていました。
実際の津波は、ハザードマップの想定範囲を超えて押し寄せましたが、彼らが最後にたどり着いた高台までは届きませんでした。
⇒ 「色がついていないから安心」ではなく、
「色の境界線よりさらに一段高い場所をゴールにする」
これが、南海トラフ・千島海溝時代の「想定外を想定内にする」行動だと言えます。
南海トラフ・千島海溝の津波から家族を守るために、今からできる5つのこと
ここまで読んで、「公助だけでは危ないことは分かった。でも、具体的に何をすればいいの?」と感じている方も多いと思います。
津波避難困難地域に住む私たちが、今日からできることを5つに整理します。
1. ハザードマップで「本当に一番高いゴール」を決める
- 自宅・職場・子どもの学校・よく行くスーパーや病院など、よくいる場所ごとに
「一番高い避難先」を紙に書き出す - ハザードマップ上の「津波浸水想定」エリアの外側を、あえてゴールにする
- 「ここまで逃げたら、もう戻らないライン」を家族で共有する
2. 家族で「津波てんでんこ」の約束をする
- 「地震が来たら、連絡が取れなくても、各自で高台に逃げる」
- 「津波が完全に引くまでは、家には戻らない」
- 「誰も迎えに来なくても、自分で逃げる」
この3つを、家族の「合言葉」として何度も繰り返し話しておきましょう。
子どもにとっても、「迎えに来てくれなくても見捨てられたわけではない」という理解につながります。
3. 実際に「歩いて」避難ルートを確認する
- 休日に一度、家族で高台まで歩いてみる
- 夜・雨・足の悪い家族・ベビーカーなど、条件を変えて試してみる
- 「ここが危ない」「ここに車が集中しそう」といったポイントをメモする
地図上だけでは見えない危険が、歩いてみるとたくさん見えてきます。
4. 「屋上避難」しか選べない場合の次善策を考える
津波避難困難地域では、「高台まで遠い」「足の悪い人が多い」「避難タワーが少ない」といった事情もあります。
そうした場所では、
- どの建物の屋上なら開放されるのか
- 屋上で何時間・何日過ごす想定なのか
- もし屋上まで津波が来る可能性があるなら、どんな備えがあり得るか(救命いかだ等の導入)
といったことも、地域や施設と一緒に話し合っておく必要があります。
紺野さんの話に出てきた「屋上に船舶用自動膨張救命いかだを設置した老人ホーム」のように、最悪のケースを見据えた工夫を現実に進めている施設も増えています。
5. 「語り部の話を家族で聞く」機会をつくる
正常性バイアスを和らげる一番強い方法は、「本当に起きた話」を聞くことです。
テレビの映像ではなく、現場で生き延びた人の声を、できれば家族一緒に聞く。
- 語り部の講演会情報をチェックする
- 行けない場合は、信頼できる語り部動画を一緒に見る
- 視聴後に「自分たちならどうするか」を話し合う
津波セーフPJでも、こうした「語り部の経験」と「最新の津波対策」を結びつける取り組みを進めています。
津波セーフPJとしての約束と、あなたへのお願い
津波セーフPJは、「津波避難が難しい地域の人たちの命を、少しでも多く守る」ことを目的に活動しています。
堤防やハザードマップだけに頼らず、
- 想定外を想定内にする考え方
- 避難のルールづくり
- 屋上避難後の生存戦略
- 実際に使えるデジタルツール
などを組み合わせながら、「自助」と「共助」を底上げしていきたいと考えています。
この記事を最後まで読んでくださったあなたに、お願いがあります。
今日、このあと5分だけでもいいので、家族と「津波のときどこへ逃げるか」を話してみてください。
- 「南海トラフが来たら、どこまで逃げる?」
- 「家には戻らないって決めておこうか?」
たったそれだけでも、あなたと大切な人の生存率は確実に上がります。
そしてもしよければ、津波セーフPJのサイトや情報も周りの方に紹介してください。
「公助があるから大丈夫」ではなく、
「公助に加えて、自分たちでもここまで備えている」地域が、一つでも増えることを願っています。
あなたと、あなたの大切な人が、次の大津波のあとも笑って再会できますように。

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